東日本大震災11年03月16日
11日金曜日、スナック菓子大手メーカーさんが”東京証券取引所第1部”に上場すると言う事で、取引初日のこの日、東京:中央区日本橋の”東証アローズ”で記者会見が開かれる事となっていましたので上京していました。
午後3時~記者会見が行われると言う事で、その時間に合わせて午後2時30分頃には会場入りしていたのですが、間もなく開会…と言う所で、グラグラッとあの東日本大地震が発生!
いやぁ、本当にビックリしました。東京証券取引所は、TVのニュース番組でガラス張りの上部に取引状況が電光掲示で表示される場面を良く見ていましたので、その広さは何となく分かっていたのですが、会見中も、そのガラスが今にも割れて降り掛かって来るのではないか?と思うほど、激しい揺れが幾度と無く続きましたが、同所の防災センターの館内放送で”当ビルは耐震設計となっており、慌てて外に出るよりも、揺れが収まるまで待機した方が良い…”との事で、何とか記者会見を切り上げ、早々に帰名する事としました。
”東証アローズ”から東京駅までは徒歩で約20分ほど、外に出ると大勢の人がゾロゾロと歩いていてヘルメットを持っている人も大勢。「これはただ事ではないな…」と直感しましたが、案の定”東京メトロ”も”JR”も止まっていて、慌てて東京駅まで歩いて行きました。
当然、東京駅も大混乱。改札機もダウンしたままで、コンコースも大勢の人で大変でした。
帰名するにも東海道新幹線は止まったまま、”運転再開の目処は立っていない…”と言う事で、途方に暮れていましたが、水と食糧を逸早く調達し、運転再開まで待つ事にしました。
その間、携帯電話から自宅や地元の仕事仲間に電話を入れたり、メールを入れたり…と色々試みましたが、通話は出来ず、メールも何通かは送れたみたいですけど相手からはナシのつぶて。これは、多分届いていないだろう…と電池を温存する事にしました。
待つ事2時間、”東海道新幹線が運転を再開…”との館内放送で、ホームに上がり、再開初の列車に運良く乗り込む事ができましたが、発車後も超徐行運転で、新横浜まで1時間、小田原まで2時間…、静岡を過ぎた辺りからようやく通常スピードとなり名古屋までは5時間掛かりました。でも、当日帰って来られて本当に運が良かったです。
情報を入手する手立てが無かったので、その後に発生した大津波については、帰名してから知ったのですが、本当に大変な災害が起こったんだ…と改めて認識しました。被災者の皆様方には心からお見舞いを申し上げます。
これから、少しでも皆様のお役に立てるよう、当地から支援の輪を広げて行きます。
地元では東海地震がこの先80%以上の高い確率で発生すると言われています。今回の大震災は本当に人事ではないと思いました。
安否の分らない方々が大勢見え、この先の生活の心配や原発の放射能被害など被災者の皆さんの不安は並大抵ではないと思いますが、とにかく1日1日希望をつないで頑張って頂きたいと思います。
午後3時~記者会見が行われると言う事で、その時間に合わせて午後2時30分頃には会場入りしていたのですが、間もなく開会…と言う所で、グラグラッとあの東日本大地震が発生!
いやぁ、本当にビックリしました。東京証券取引所は、TVのニュース番組でガラス張りの上部に取引状況が電光掲示で表示される場面を良く見ていましたので、その広さは何となく分かっていたのですが、会見中も、そのガラスが今にも割れて降り掛かって来るのではないか?と思うほど、激しい揺れが幾度と無く続きましたが、同所の防災センターの館内放送で”当ビルは耐震設計となっており、慌てて外に出るよりも、揺れが収まるまで待機した方が良い…”との事で、何とか記者会見を切り上げ、早々に帰名する事としました。
”東証アローズ”から東京駅までは徒歩で約20分ほど、外に出ると大勢の人がゾロゾロと歩いていてヘルメットを持っている人も大勢。「これはただ事ではないな…」と直感しましたが、案の定”東京メトロ”も”JR”も止まっていて、慌てて東京駅まで歩いて行きました。
当然、東京駅も大混乱。改札機もダウンしたままで、コンコースも大勢の人で大変でした。
帰名するにも東海道新幹線は止まったまま、”運転再開の目処は立っていない…”と言う事で、途方に暮れていましたが、水と食糧を逸早く調達し、運転再開まで待つ事にしました。
その間、携帯電話から自宅や地元の仕事仲間に電話を入れたり、メールを入れたり…と色々試みましたが、通話は出来ず、メールも何通かは送れたみたいですけど相手からはナシのつぶて。これは、多分届いていないだろう…と電池を温存する事にしました。
待つ事2時間、”東海道新幹線が運転を再開…”との館内放送で、ホームに上がり、再開初の列車に運良く乗り込む事ができましたが、発車後も超徐行運転で、新横浜まで1時間、小田原まで2時間…、静岡を過ぎた辺りからようやく通常スピードとなり名古屋までは5時間掛かりました。でも、当日帰って来られて本当に運が良かったです。
情報を入手する手立てが無かったので、その後に発生した大津波については、帰名してから知ったのですが、本当に大変な災害が起こったんだ…と改めて認識しました。被災者の皆様方には心からお見舞いを申し上げます。
これから、少しでも皆様のお役に立てるよう、当地から支援の輪を広げて行きます。
地元では東海地震がこの先80%以上の高い確率で発生すると言われています。今回の大震災は本当に人事ではないと思いました。
安否の分らない方々が大勢見え、この先の生活の心配や原発の放射能被害など被災者の皆さんの不安は並大抵ではないと思いますが、とにかく1日1日希望をつないで頑張って頂きたいと思います。
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